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6.27.2013

鏡に話しかける者~自虐の詩~

悩みから抜け出すには思考では回復しない
私の体験だが一瞬は上がるが直ぐに落ちてしまう
「又あの状態」自己嫌悪に陥る・・・

仕事にも手がつかず目の前は暗闇 絶望
それでも抜け出したかった

自分の今ある感情をEvernoteに全て書いた。どうすれば良いかなんて解らない
ある日は違う人格が現れてそれと会話している程ヤバかった時期もある
「お前はこうなんだろう」「お前は何をしているんだ」etc

私の中には何人もの人間が居るみたいだった・・・

何か気を紛らわすものは無いかと油絵を始めてみたり、陶芸を始めてみたり
しかし現状は何も変わらない 目は死んでいる 鏡に話しかけたり・・・もう異常者だ

「苦しい・・・」

この状態が何か月も続いたが朝のCAFEの時間が唯一の救いだった―くつろぎの時間
時にはそのまま出勤もせず何時間も過ごした事もある

「どうすれば良いんだ・・・」

そんな朝の時間に気づいたことがあった
他人の存在に目を奪われている私 他人を気にするあまり自分を偽り何十年と創り上げてきた人格に気づいた
あの時こういう体験をしたからその描く自分になり、あの時の体験が又描く自分へと・・・
あらゆる人格の鎧を着ていた

今から20代10代そして幼少期と記憶を遡り、どうやってこの人格を創ってきたのか・・・・・・・・

彷徨っている暗闇の中に一つの扉が現れた
私は迷わずその扉を開けた

その扉の中には偽りの私が多数存在していた―そこはカオス

そして他に目を奪われている何人もの偽りの私を徐々に消し去った。心の負担が減り解放されていくのが解った
それは幼少期の頃の無垢な心に戻るような感覚だった

その後も扉は開けっ放し闇を覗き込んできた
見たくない 見えないフリをしてきた私の闇の部分

今までも問題はあったが表面的に解決すれば問題は無かったが、この時はもう今までの経験が何も通用せず目の前は暗闇だった

樹に生い茂る様々な自我 そして問題 その生い茂る葉を一枚一枚伐ったところで、問題の解決にはならないことにも気づいた

自我―私という偽りの人格

これが全ての問題の根だ!悩みは人それぞれ違う 育った環境も違う
しかし心の闇は誰にでもある この扉を開けて自分を直視できるかどうか

世間には何も問題は無い、他人にも何も問題は無い
たった一つの問題は何十年という歳月で自ら創りあげた自我だ!!!

今あなたは青年かも知れない
今あなたは中年かも知れない
今あなたは老人かも知れない

しかしあなたの実在は何も変わってはいない!!!身体は勝手に成長しただけで、体験の記憶もある しかし内側では何一つ変わってはいない


記憶を遡り今と幼少期は必ず違うはず・・得た知識なんてモノはゴミだ!!!
いつどういう体験をし自分を変えていったか見つめた時に本物のあなたが現れる

そのあなたと出会う日までの旅―

この扉はくつろいでいる時にしか現れない
探せば逃げていく 求めれば逃げていく―ゆったりと






6.22.2013

欲に釣られる魚たち~欲望の詩~

頭は最高の営業マンだ
あなたを欲望の罠に誘い込む営業マン

「こんな事をしてはいかがですか」
「こういう趣味はどうでしょう」
「これなら出来そうですね」と言葉巧みに誘ってくる
しかもあなたに都合の良い欲望を提案してくる
あなたは騙され罠にかかる

「もう騙されないぞ」と思いながらも 又別の角度で欲望を提案してくる
「次はこうすれば上手くいくよ」「次はこれなんか良いんじゃない」
自分で創っている詐欺師だwww 

詐欺にに引っかかる人は馬鹿だと言い、自分詐欺に合う人々

釣りもそうだ 何回も釣られ魚を馬鹿にするが人間も同じだ
「楽しみというエサ」
「幸せというエサ」
「お金というエサ」に飛びつく、そして何度も釣られる
人間はキャッチ&リリース!!!
釣られては放され釣られては放され、
それでも「もっと沢山エサを頂戴」と言い始める始末

欲望なんて他に置き換えればこんなモノ 人間なんてこんなモノ

理性という名のブレーキ!?~自虐の詩~

人間にはブレーキがついている「理性」
理性がなければ人は暴走する

私は興味があったことは何でもやる主義だった 私のブレーキペダルは錆びついていたようだ

楽しそうならなんでも良い
全てそんなノリだ そんな感じで生きてきた その分苦労もハンパ無かったが・・・

そのブレーキというモノはなんなのだろうか
他人の存在というのが一番の理由だ
「他人にどう思われるか」 「他人にどう見られているのか」「何か言われるかも」「恥ずかしい」ただの自意識過剰
誰も他人に関心は無いし、見てもいない、死んでも気づかない

しかし人々は実行前からブレーキをかける
頭で様々妄想し結果今のぬるま湯に浸かる
自分で判断したにもかかわらず「退屈だ」と言い始める
刺激が欲しいのに行動は抑える、しかし「楽しいことがない」と言い始める

私はこうしたいけど誰かに言われたから止める そして後悔する

それほど他人というモノに目が奪われている
奪われていることにさえ気づいていないけど・・・

私の近所にはアル中のギャンブラーが多数いる
朝から酒が当たり前の世界 これは一見好きな道を歩いている様にも見えなくもないが
酒に依存しギャンブルに依存しているだけ 当の本人は自由に好きな事をして生きていると勘違いしている。その先に待ち受けているのは廃人、輝きを失った人間だ!
私が以前そうだったから解ることだ

人生一度だけ死ねば全てが幻に変わる
しかし幻に変わるということは今現在も既に幻だという事

この世に楽しいことは何も無い、楽しみが無いから苦しみも無い
しかし「幻想」に気づける人間はやり尽くした人間だけだ

6.21.2013

拒絶の恐怖~自虐の詩~

人間は嫌われたくない受け容れて欲しいという願望がある
受け容れて欲しいから、そう願うから嫌になるし心が傷つく

受容と拒絶 対でしかない 拒絶側が虐め 受容側が虐められる
受け容れて欲しいとう感情があれば拒絶され 拒絶すればいずれは対の立場にも
なりうるという事 淡々とこなせば問題は消える

全て自分が創りだしている欲だということに気づけるかどうか


対人関係が得意で表面だけで接する事が出来る人はそれで上手くいけば良いだけ
しかし苦手な人間もここにいた 

人と人との繋がりはいつから表面的になってしまったのだろう
心と心の繋がりが本当の意味での繋がりだと感じる
今でも言うときは言うけどそれはなんの為でもなくただ伝えているだけ
判断はその人に任せる その失敗にいつか気づき自ら修正すればいいだけの事
それに気づいた時にその人の体験になる

私の人生ではない
冷たく感じるかも知れないが両方体験し見つかった心だ
あくまで気づくのは本人で、気づかないまま死んでも人生
気づいて他の人間に伝えるのも人生 どっちでも良い

私が正しいという基準価値観は存在しない
誰もが自分の世界で生きているのだから






6.19.2013

繰り返す過ち~自虐の詩~

劣等感の塊
モノを得ることに翻弄された日々
得ることで満たされる心

しかしそれは一時的でしかない
時間と共に自我が忍び寄る……それに従う私
終わりの無い欲望 しかしそれに気づいてさえいなかった人生

「刺激が欲しい」
その刺激が生きている事だと人生だと錯覚した
満たされているか不満なのか
満たすために動く
不満を恐れ動く、動かされる

仕組みに気づいてしまえばあまりにも単純
パッと思考がよぎる
自我が寄り添うそして動く ひたすらこの繰り返し
まるでネズミの様に車輪の中をクルクル走っているかのようだ
そこに終着点は無い


ただ走る ただ回る 何回も何回も

自我は表情を変え次から次へと罠を仕掛ける 表面でやっていることが違っても根は一緒だ
人生堂々巡り そして車輪の中で尽き果てる

出口のない闇の世界

出口のない迷路
一寸先にも光すら見えない
絶望の果て

しかしそこから抜け出したい
そんな状態がずーっと続いた時期
自分でもどうすれば良いのか解らず
解らないけど抜けるためもがき続けた
出口を探す・・・が感情が定まらない
上がり下がりを繰り返すそれも時間ごとに・・・
憂鬱・・・出口の見えない闇

しかしそれは突然起こった!
毎朝リラックスする時間を作り何も考えずボーッとする時間
ふと過去の記憶が蘇る
私はなぜこういう状態に陥り易いのか、悩みは尽きないのか
それは自我だった
その抜け出したいと思う事すら自我だった

理想と現実の狭間にいた
「他人と比較する私」
「他人を見て識別する私」
聞くこと見ること全てにおいて他というモノが関係していた
「どう思われている」
「どう見られている・・・」
「どう考えてしまっている?」

人々に存在を拒絶されている感じすらあった時期もある
私などいなくても良いんじゃないか・・・・

一見否定的な感情だが存在を無くしたとき何かが消えた

光が小さく見えた気がした
私などどうでも良い
誰も見ていないし、存在する価値すらないと 
どうでも良い全てが
生きていようがどうでも良い 私が何をしようがどうでも良い
世間に拒絶されようがどうでも良い

どうでも良い

生きていようが死のうがどうでも良い
朽ち果てた私という要塞!!!
長年溜め込んできた毒
少しでも他を意識した時にどういう行動をしているのか、どういう発言をしているのか徹底的に観た

一寸先も見えず闇の中でもがき苦しみ それでも生きなければならない
その根本である生すら捨てたとき 心は解放された

街の雑踏‐避暑地に行けば誰もがくつろげる
しかし戻ってくれば世間にのまれその落着きは消え失せる
それは借り物でしかない その違い


それまでの長い旅
しかしそれは生まれた頃に持っていた無垢な心
ただそれを忘れていたと言うだけのこと







6.16.2013

生きるのはなぜ辛いのか!?


「仕事してもうまくいかない」「なぜ?こんな目に合うんだ?」

楽しいことなどほんの一瞬 夢のように消えていった 
残るは苦悩・・・
「どうすれば私の人生は良くなるのだろう」と常に考えていた
お金を多く得れれば幸せなんじゃないか?
仕事が上手くいけば幸せなんじゃないか?
なぜ思い通りに人生が進まないんだ?どうすれば良いどうすれば・・・と

様々な夢を抱き理想を描くも ただ苦しいだけ現実は
稼いでも稼いでもお金は残らず湯水のように消えてくばかり
無理に1日100円生活を一か月験したこともある
「財布を持たなければお金は減らない」
朝ポケットに100円を入れる・・・惨めだ 
しかしそこまでしなければ 私は変わらない
変えられないともがいた

昼と夜働き常に眠い・・・
なんとかしなければそれしかなかった 
自己啓発本読もうが何も変わらない自分 追っても求めているものは逃げていくばかり
もう完全に見失っていた

「どうすれば良いんだ!!!!!!」頭の中はもうこれだけ
目の前は絶望と暗闇

数か月続け自分がしでかしているアホらしさに気づいた
「こんなんじゃない」
次の仕事も決めずに辞める決意をしていた「何をしたいんだろ」


16歳から何をしてきても満たされない心
生きる自分ってなに?と問い続けた人生 苦悩の連続
これは自我に振り回された結果だ
「幸せになりたい」「安心したい」「充実した生活を送りたい」「楽になりたい」と願った。しかし同時に自分を嫌っていた
追っても追っても全てが逃げていく人生 走っても走ってもゴールが見つからない人生
それでも追うしか走り続けるしか道はないと思っていた

他人との比較 私はという自我 何の為に生きているのかと

何度も同じ過ちを繰りす
「もうウンザリだ・・・」

自我で振り回され「私」に固執し記憶に囚われ今を生きていない私
「前はどうだった」「こういうことをしてきた」「私は○○だ」と記憶に雁字搦めにされ
こんな話を良く耳にする
「私はこういう人間だから」と勝手に思い込んでいるから手におえない
ある人の批判 社会の批判 言うことばかりは一人前

体験が重要だ 知識じゃない 体験での苦しみから生きることが観えてくる気がする
頭で考えても何も見つからない 頭で考えても行動にはならない
情報が簡単に手に入るために私は知っていると勘違いしている人が多すぎる
「知るのと体験は違うでしょう」と言うが行動を恐れる 自分を守るこれも自我だ

たかが自我というモノを守るために「私」という勘違いした固定観念に縛られている
理想や希望を抱きいつか絶望という闇に突き落とされる

生きていれば辛いことは沢山ある 自分を見失うときも沢山ある
しかし悩んで苦しく どん底状態にいるときに一度私というものを観る
なぜ私はこういう考えをしているんだろう 他人に対しなぜこういう事を言ってしまうのだろう
なぜ私は同じ過ちを繰り返してしまうのだろうか・・・と

完全に意識を自分に向けてみる 私の自我がどういうものなのか観察したら良い
自我は私ではない 闇に何度も葬られ自らが犯している過ちに気づいた時 一切の苦悩は消え失せる。辛いのはあなたという価値観に雁字搦めにされているから

あなたは買い物に執着しているかも知れない
あなたは食べることに執着しているのかも知れない
あなたは異性に執着しているのかも知れない

なぜ?


「どん底に落ちたら底を掘れ」







6.15.2013

希望という名の光~自虐の詩~

ん???
気分が優れない・・・モヤモヤしている
普通じゃない 通常時じゃないと感じている
落ちてると気分がモヤモヤする
モヤモヤを嫌っている 原因は自分にある

なぜだ?!落ちていると何が嫌なんだ
モヤモヤを嫌っている心を晴らしたいと望んでいる
スッキリしたいと望んでいる
どこから来ているこの感じは・・・・・・・・・・・・・・
「あああああああああああああああああああ」

充実 空虚 充実感は必要ない・・・が空虚状態も嫌っている
しかしこの感じを嫌っている この状態で居れない
ん?なぜこの状態を嫌がっているんだろう
怖さに近い感触 絶望に近い感じ ため息すらでる・・
一方の充実感を得たいのか?充実感は必要ないが
充実と空虚の間にいたいと思っている自我
あの状態が楽だからそう望んでいる
「この状態で良い」「この状態が良い」んだと受け容れてみる
この恐怖に似た感じの状態で良い 更に落ちても良い
底の底奥深くまで落ちてもいい
視界もなく光もない海底まで落ちる

あっ!!!!!!!!!!!!!
光は一種の希望のようだ 暗闇から光が差し込むと
「ほっ」とする
その光を探すから光を見出そうとするからこの状態になる
絶望の果てまで 光の全くないところまでいく
光を探す必要は初めから無かったんだ
暗闇を嫌っていた 暗闇は何も見えないが落ちつく心地良ささえある 
なんだ?この感じ
 
絶望 光の差し込まない完全な闇に溶け込む
落ちるとこまで落とす 一切の光が希望が入る隙もないところまでいく

私は楽になりたい感情で自我で人生を送りたくない 喜怒哀楽で振り回されたくない
あの地獄のような生活はうんざりだ 欲欲欲欲満たしても更に欲欲欲
終りは無い・・死ぬまであの状態は最悪だ ゴールのないマラソンのようだ
途中に給水所があるだけで後は苦しい その給水所の為に走っているような人生
我先に我先にと水を欲しがる人々 他人なんて構いはしない


闇に親しみ闇に溶け込む 闇は恐怖では無かった
闇は全ての希望を経つ光を経つ

私は闇の中で光の届かないところで暮らそう
自我も入り込めない深くまで潜る




6.14.2013

怒りの感情~自虐の詩~

とにかくジッとしていられない人間だった
出かけないと外へ出ないと息がつまり壊れそうな感覚
行動的だった

それだけ刺激を求めていたということ

あのくつろぎの空間にいて落ち着きを誤魔化す
落ち着いているフリだ

小さい衝動だけどそういった欲があった

ある日カフェで順番待ちをしているときに、レジでちんたらしている人がいた時があった
行列できているのに「早くしろよ」とイライラした
「私は早くコーヒーをのみ座りたいんだっ」と・・・
ん?自分に変な感じが出た「この怒りの感情って何?」
ちんたらしているその人が悪いように感じていたが
怒りの感情を創っているのは私だ
勝手にその人の遅さに反応しイライラの感情を芽生えさせた
私が早く「座りたいが為に」怒っていた
この時は怒りだったが全ての感情は自分が創っているということに気づいた

感情を創る対象の人はいるが そこに自我があるから反応する
この時は「私が早くコーヒーをのみ座りたい」
こんな小さなこと早く座りたいからちんたらしている人にイライラしたんだ・・

話を聞くことがあるがなんでも対象のせいにするんだよね
「あの人はああ」「あの人はこう」だと愚痴を言う
「私は違うんだぞと私は解っているんだぞ」とすら聞こえる

私はこういう性格だからこういうの無理
私はこうしたんだけどあの人はしないんだよね
私はこう思うんだけどあの人はこう言うんだよね どう思う?と
他人の同意を得ようとする
同意を得れれば自己が満足するからだ!!!それに気づいていない

昨日も書いたが私私私ばかり・・・私は別に良いけどそれは私じゃなく
自我でしょうと 自我はアナタじゃないと
私私私中心で人間はいるのに絶対的な個人の私はいないでしょうと・・・
その前になんで私は他人に対しこういう感情が芽生えてしまうのだろうか と
自問自答した方が得策だ

愚痴話で盛り上がるのも結構だがそれがどうした?
上司部下がどうだ こうしたら良い なぜこうしないんだろう・・・と
当たり前 頭の中身が違うんだから 同じわけがない

その発言も自我を満たす発言なのかどうなのかを自分で観る必要がある
発言や自我には必ず原因がある

街中に溢れている他人の話
電車でもカフェでも信号待ちですら他人他人我が我が
なんという世の中なんだろうwww

まず他人なんてどうでも良い、自分が何者なのか 根深い自我を見つけるのが先
友人知人に話を共感してもらい満足する それがどうした?
自分の思い通りには誰一人動きません
自分の事でさえどうしたら良いかわからないのに
他人をどうこう出来るわけがない

まず自分の感情がなぜ芽生えるのか
どうして私はこう考えこういう行動をしてしまうのかを気づいた方が良い

それはその人の為でもない 自我を満たす為でもない

ただ自分を見つけてもらいたい

自分というモノが見つかれば自然と人に優しくなれる
心が磨かれえる
幼い頃の何も知らなかった汚れの無い心
これは自分で見つけることしかできない

本を読もうが講演会で話を聞こうが見つけることはできない
読む聞くことにさえ自我があるから
話を聞いている最中に自分の体験と照らし合わせたり
私はこう思うなど必ず余計な考えが混じる

自分を見つめる ひたすら見つめる 嫌でも見つめる 
自分が壊れそうになっても見つめる

ただこれだけ




6.13.2013

私って・・・~人間の詩~

人が社会というモノを創り
社会があって人がいるわけではない

「社会があって私がいる」のだと思っていた
社会は必要だが人が創っているのだという考えは
完全に見失っていた

例えばそれが社会という大きなものではなく
1つの会社として見てみると
「人が会社を創っている」これをどれだけの人が意識
しているだろう?

当たり前のようで勘違いしそうな部分
わたしは社会の歯車にはならない!と自由奔放に生きてきたつもりだったが
自由だと勘違いしていたにすぎなかった
金がなければ死ぬ 金金金
だから仕事をする 社会に受け入れてもらわないと死ぬと錯覚した

ある時期から自由は捨て会社人間として働いてみた
刺激はそこそこあるがつまらないとさえ思った
しかし金がなければと自分を殺し働いたけど長くは続かなかった
刺激を求めまたあれこれやらかし、他人に迷惑もかけもうウンザリだった

「なぜこんな上手くいかないの?」と自己嫌悪に陥り
「無気力」「不安定な心」
刺激あるものを見つければ又自分を取り戻せるとさえ思う時期もあった

しかし現実はただただ苦しい
自我が飢えている
「やらなければ」「頑張んないと」と無理にモチベーションをあげては
一瞬で落ちるの繰り返し
もう心はボロボロ・・・・泣きそうで苦しく悔しく「もう生きているのもイヤだ」と・・・

そんな時本を様々読んでみた当然買う余裕もなく借りたり立ち読みを
毎日していた 自己啓発、思想を中心に
「一瞬の興奮はあるが長くはもたない」
また次、次と読み漁り何かヒントがあるんじゃないか?
きっかけがあるんじゃないかと・・・・頼るしかなかった・・・
なんとかしないと・・・

しかし答えを外に求めても見つからなかった・・・
ヒントはあるが自分ではない気がして虚しかった

それからひたすら自分というモノを過去を見つめ続けた
なぜ色々な感情が沸き起こるのだろうか
怒り歓び緊張などなぜ起きるのだろうかと自問自答をひたすら繰り返す
ある日・・他人の目を気にしすぎ偽りの自分を創っていたことが見えた
良く思われたい 良く見られたい 嫌われたくないなど自分の目は
他人に奪われていた それは幼少期のトラウマだった

他を気にする自分って・・・・なにそれ?
こう思われているだろうからこうする
こう見られているだろうなと自己嫌悪に落ちたり
比較比較の連続 あの人は自分より上だ下だと勝手に識別している
愚かな自分・・・
それに何の意味があったんだろうか

しかしそうしていないと自分が無くなるような気がして自我に
すがるしかなかったのも事実だし・・・
何かが無ければ自分じゃないという固定観念に囚われていた

「自由に生きてるね」「うらやましい」と言われていた時期もあったが
自由ほど大変なことはなかった
全て自己責任 これが又疲れる・・・・今は良いけど あのころの自分だったから
もう最悪・・・

人は何かに依存して生きているのは事実
それがなんであろうと大差はない
しかし自我というモノを基準にして生きているというのも事実
「自我が私だと」自我は私ではない 私は私 自我はその辺に溢れている

私は私が私だけ私を私しか・・・「世界は私だらけ」それでも私は・・・どうでも良い
皆自分の世界で生きているんだから私という自我は私だけじゃないと気づいたし

常に自分を観察していたら何もしなくても良くなった
したくもなくなった
何かをすれば必ず欲望が芽生え自我が出てくる「待ってましたと」
それにくっつけばもう落ちるしかない・・・・あの悲惨な頃に
迷いに迷っている人生に

こうして外を見れば社会というモノがあるし
私もその中にいる
社会が無ければ飯も食えないし 迷っている人々が多すぎるのも困ったね・・・

誰もが幸福になりたい 誰もが良くなりたい
もっと上をもっと上を目指しどんどん走る止まったら終わりかのように
その幻想が社会で目指すことが良い競争競争死ぬまで競争
目標を持つのが良い 未来を見なければならないとなってしまったから
苦しかった置き去りにされないように走った
ゴールなど無いのに走った・・・競争の先には競争しかないのに
ゴールがあるかのように走り続ける ゴールが何かも解らず走っていたね

一旦走るのを止めて自分を観るのも良いかもね 私はなんなのか生きるってなんだろう と
目標がなくてもこうして不安なく日々すごせればそれでいい
結局安心するために働き対価を得て「安心するために」求め走ってきたんだから

まるで死人~自虐の詩~

「生きる」誰もが生きていると思っている
生きていると思っているだけで死人のようだ
自分を知らないんだから

生きがいってなんだろう?と自問自答・・・・
生きがいなんてない

身体は内臓機能し生きてしまっている
勝手に機能は止まらない
仕事が生きがい、趣味が生きがい、旅が生きがいetc…
人それぞれだけど

それっておかしくない?
仕事がなければ生きていないのか
趣味や旅行がなければ生きていられないのか
何かがなければ死ぬのか 生きていないのか


なにか充実感や満足感をいかに満たすか
それに翻弄される人間
空虚感味わえば「なんとかしなければならない」
と一方に流れる 空虚を嫌う
楽しい方 充実している方に自分が考える良い方向にいたいという欲求
ここにも「自我」がある

仕事を楽しむ趣味を楽しむこれは生きがいではない
生きがいにしてしまったら無くなった時に頼る自己が消えてしまう
生きることそして自分という人間を見失ってしまう
見つけるために又何かをしでかす

本来は何かをしているから自分ではなく
自分がありそこに何かがあったというだけの事

私は●●だ 私は●●だとそのものにすがっているにすぎない
例えば愛はいずれ消える
あの心はどこに行ったんだろう?
あんなに好きだったのに・・・
別れればそんな魔法も消え異性は他人になる
出会う以前と変わらない むしろ嫌いになるw

自我は何かに捕まっていればそれで満足
趣味思想仕事なんでも良い 満たされればそれで良いんだから

かつて私も様々な趣味遊び仕事を経験した
自我を満たすためだけに行動的になっていた
ある時はバイクやサーフィン・CLUBで踊りまくり・毎晩酒を呑み
ある時は仕事に没頭し
ある時は女 と遊び 自分というモノがなんなのか?自分を探す為
仕事も20数種類経験し それでも自分は見つからなかった
「自分ってなに????」自己嫌悪 憂鬱状態・・・・・・と
絶望のもとにいる時ふと気がづいた
ほぼ絶望だらけの人生だったけど(参照)
表面が変わっただけで自我を満たすというところに
変わりはないんだと
その時得ている充実感はいつか必ず消え失せる
表面を変え違うこをとしているように見えるが根本は同じだ
やることが変わっただけ

満たされなければ満たす為に何かをするし
何かを考えるし
そして人生は堂々巡り 自我を満たす為だけに生きるしかなくなる
なんでも良いんだよね満足すれば・・・

なぜ?こんなにうまくいかないのだろう?
なぜ?私だけこんな目に合うのだろう?と落ちた時に
考える
なぜ私は落ち込んでいるのだろう・・・・と
そうすると様々な人格を変える時期が幼少期からあったり
仮面をかぶり他人に良い顔したり
何枚も人格という衣を羽織
様々な仮面で表情を変える・・・それも心とは裏腹に
本当の自分に逆らい偽っていることに気づけると思う
そこの閉じてる心の蓋を開けて覗き込めるかどうか
隠している心の蓋を
必ず原因がある

蓋があるから覗き込まないから隠すから苦しい だから落ち込む
生きているということを見失ってしまう
表面に囚われてしまうから心の自由を奪ってしまっている

「人生」って本当の自分というモノに出会うためにあるような気がする
彷徨い歩き 自分にたどり着く というよりは家に帰ってくる感じか
何をしでかそうがどんな大金得ようがどうでも良い
死んだら全てが無くなる 無くなる恐怖があるから何でも溜め続けるし
増やそう増やそうと詐欺にあう
落ち着く暇もない 何かをしなければそれを守ることができないから


私自身楽しいことは何もないし
楽しみがないから落ち込まない
楽しみがないから不幸もないが絶望も失望も空虚感もない
不安が無いから安心がある

幸せを安心を
「追い求め追い求め」て「走って走って」「考えて考えて」もそこの先には何も無い
何を得ようが先には何もない
何をしようが先には何もない
あるとすれば絶望

「生きる」私という道 私が道 世間のモノでも金でも仕事でも
それは私の道ではない道と共に歩いている
だから将来もない
希望もない
なんの望みもない

だから不幸もない楽しくもない

ただ落ち着き過ごす ただ落ち着き私を歩く

不幸が無いから幸福がそばに在る
不安が無いから安心がそばに在る


6.12.2013

退屈って!?~人間の詩~

ぶぅちゃんいなくなったら どういう感情で生活するんだろ?
13年という歳月
色々あったな~(@_@)
今こうして落ち着き過ごしているが、ぶぅが居なくなったら完全な孤独だ!
以前の様に何かにすがるのだろうか?
すがるのは何でも良い
自我は満足感得ればする事なんてなんでも良いんだよな~(@_@)
又、あれこれ とらわれるのかな~?
まぁそれは無いか( ´艸`)
もうウンザリ!あんな過去

でも、そんな過去の経験があるから今こうして居られるのも事実
看病あるとはいえ ずーっと家に居る事なんて無かったと言うか出来なかった(・д・)
買い物や様々とにかく外出していないと落ち着かない日々
ソワソワその時間を持て余してるかのように・・・
1ヶ月以上こうして家にいるが退屈を感じた事はない
不思議だ!
あれほど落ち着かなかった人間が行動的な人間が真逆に成った
行動的を体験したからこそ
このゆったりの時間を知る事が出来たし、初めからゆったりしている人間は行動的になれないのも事実
双方体験したからこそ良さ悪さを知ることができたしヽ(^。^)丿
ゆったりも出来行動的にも成れる
ちょうど中間でバランス取れて良いかもね!
程々とは行き過ぎた事を知ったから程々が良いと知るわけで
初めから程々ならばそれはただの手抜き以外何でもない(>_<)ゞ

酒も飲みすぎれば程々が良いと気づき食べすぎもそうだし遊びもそう、なんでも突っ込んでまずはやる!突っ込むことで本質を見抜き
自分の身に成る

その体験から程々という加減を初めて知るのだと思う

知識は体験には適わない!
ネットで何でも仕入れる事が出来るがそれは知っているだけで経験ではない(@_@)
所詮上辺をすくってるにすぎない
しかし体験した事に固持してもダメ(゚o゚;体験は既に過去でしかない
その体験を身にし、今の自分を見つめることが出来るかどうか
ただそれだけ

あの頃は良かった
あの頃に戻りたいと言う声を何度聞いたかなあ
私は戻りたくない!!!!!!!!!→クリック
イヤだあんな過去も偽りの存在も

戻りたいという感情はその時期に何も知らず刺激的だっただけで
今仮に戻っても楽しいわけがない(-_-)zzz
そこで今を見ると・・・楽しく生きていないと言うだけのこと
今なぜ楽しくないのか???
その原因は必ず自分にある
未来を創造しても現実は今
この瞬間だけ
退屈楽しくないなど無気力になった時自分の原因を探せば
時間を持て余す事なんて消え失せる!!!!!!!!!
今この瞬間しか無いんだから時間は

たった一度であっという間の時間と人生
自分の道を自分自信を生きるという意味に気づけるかどうか
私はそのために生きてるのかも知れない

6.11.2013

人間と植物は同じ様なもの

適当な人間は好かれる
いい加減な人間は信用されない
良く『適当なんだよね~』という
人間もいるが、それはいい加減な人間
適当はしっかりとした部分があるから適当であって、いい加減は全てにおいていい加減(>o<)
堅苦しい人間は息詰まるし
いい加減な人間はいい加減だし
両方を兼ね備えてるのが適当な人間だと思う

自身はいい加減の塊だったが
16歳で高校中退し社会人となり全てにおいて自己責任の世界(*_*;
いい加減でそれは全て自身に返ってきた(T_T)
それはそれは悲惨だった・・・

それでも生まれて何十年染みついたいい加減ブリは中々改善されず・・・災いだらけ~
『なぜ自分だけこんな目に合うんだ!』と思って生きてた
それは結局自分が蒔いた種でしかない(>_<)ゞ

悪い品質の種を蒔けば悪い芽が生え
良い品質の種を蒔けば良い芽が生える
良い芽が生えたら手入れを怠らず良い実になるように心がける


人間は植物と同じだよね!
ごまかし農薬だらけなら味も悪く安いだけ!
無農薬で大切に手をかければ味も濃く品質も良い!
適当に生きる適度に生きるって大切だね~という事

心の種その種を蒔くのはアナタです

トイレは手で磨く~自虐の詩~

誰が言った言葉かは知らないが
正にその通り!!!
部屋をきれいにきれいにしていると心も
金銭面も正される

いくら外見をきれいにしようが良いもの持とうが
心が乱れていたらその人には何の意味もない
いくら外見にお金かけようが部屋が汚い人は無理~
っていうのは以前に自身が汚かったから乱れていたから
『服は散乱し掃除はしない洗濯物は干しているのを着る』
これが普通だった

部屋が汚れていても誰にも迷惑をかけてるわけじゃないし
別に良いじゃんって感じ~
しかし徐々に自分の意識を変えていった

理由は自分が嫌いだったから!!!
全てにおいてだらしない自分が嫌いだった・・・

お金女仕事と全てがいい加減
そのおかげ!?でお金は稼いでも直ぐなくなり
女にはフラれる、仕事は直ぐやめる
そんな何十年と汚れの染みついた人間

もうウンザリで早く人生終わらせたい時期もあったし
そんな時「どん底へ落ちたら底を掘れ」精神で自分という存在に
向き合った
嫌いなところの意識改革実行!!!

①洗濯物はたたむ
②毎日掃除床も雑巾がけ
③トイレは手で磨く
④直ぐにかたずける
⑤直ぐに食器は洗う
⑥直ぐにゴミを捨てる

とにかく面倒くさがる前に直ぐにやる事を徐々に実践していった

『もうあんな思いはしたくない』『もうウンザリだ』という想いで

そしたら徐々に好転していったお金はそんなに稼がなくても余るし
気分も落ち着き焦っていない余裕があるから行き詰らない!

初めからきれい好きな人には理解できないかもしれないが
まるで人生が違う!!!

『部屋の乱れは心の乱れ』
モノを得て満足を得るより心を磨くことが生きる上で大切な事

だというのを身を持って体験したという話


生きる~自虐の詩~

私は努力の放棄者だ!
頑張ることを止めた

「努力」ってなによ?頑張るって何?
無理に自分のモチベーションあげて動こうとする
それは生きることに必要なのだろうか?
冷静に観ると競争社会の中で幼少期から育ってきた

勉強のランク 学校のランク 職業のランク 社会人ランク
これが当たり前だと教えられてきた
競争競争 勝った負けた 勝ち組負け組

競争に負けたら人生の離脱者のような感覚を味わってきたし
このランキングにどれほどの価値があるのだろう?
以前は私も社会でいう役職でみれば良いところにいた
その時は「誰もが見る目が変わった」
が辞めた~ああああ
安定も収入も全て捨てた
理由は飽きたから ただそれだけw

そんな状態で仕事をしている自分が嫌だった「無気力」
ただ働く ただこなす・・・日々
刺激が無くなったからだ 努力し成り上がり役職を手にした。
これはこれで、とても刺激的で充実感もあったのも事実だが続かなかった
それからお金も減り大変な目にあったけど、戻りたいとも思わなかった
自分に心に正直じゃなかったからね~
偽りの自分 無理をし創ってきた自分

だから放棄した「頑張らなくて良い」
ごはん食べられ、寝るとこもあり、エアコンもあるし快適~
そんなもんでいいよ

「生きる」を軸にしたとき、他人の存在は消える

「私は私の道をただ歩むだけ 私が道だ
誰にも私の道は創れない
誰にも邪魔されない私だけが歩ける道だ」

ありのままで生きていく
ただそれだけ

どん底へ落ちたら底を掘れ

エッさエッさと底を何度も何度も掘り
それでもまだ底がある   人生は絶望しかないのか?


自分観察してから2年     以前より「おちついて」生きてるけど
それでも苦悩がある自分に対し
徐々に徐々に掘っていけば
いつか「スコップいらね~」と放りだせる日が来るのかな~

もう様々なことに影響されている自分がイヤだ
今も怒りの感情があるwww
なぜ怒る必要がある?
やっぱり「比較だよな~」どうしても比較してしまう
自分の方が勝ってる劣ってると一瞬で判断し嫌な心が芽生える

比べて何になる?

比べることで自己を満たしたいだけと気づいたのに・・・
満足感を得たいがために・・・瞬間でこの状態になってしまう

たかが人間 脳に支配されているだけの存在
相変わらずちっぽけな存在 狭い狭い世界で生きてるなあ

人間から見た蟻レベルの存在の小ささだ


チャンチャン♪




5.09.2013

夢?~自虐の詩~

ふと、小学生時代夢のことを書くことがあった(゚o゚;

無くて☞実家大工だから大工と書いた
なにも無かった
小学生なら、先生、パイロットやら宇宙飛行士とか色々あるよなあ~(>o<)世間を知らないから

そして「今」☞無い!!!!!!!!!!
目標も無い!!!!!!!!!!!

朝起きて夜寝るだけ
落ち着かない時もあるけど

この先、将来未来に対しのビジョンゼロ!
将来に不安も無いし
やることも無いし
やりたいことも無いし
でも焦りも無い

「やりたいこと」ねぇ~
散々やったきたしもう良いかな…

生きてて楽しい?楽しくない?
ん~どっちもどっち
中間(>o<)

この退屈な時間つぶすために
出かけたり買い物したりしてた

「退屈」「楽しみ」が無い

楽しみがなければ不満もない退屈もない

なんだ?この感じ
目覚める☞掃除ぶぅぶぅ☞PC☞寝る

ああああああ、でもPCや携帯いじっている~
このジッとしている時間に耐えられず!
色々ミルと影響されやすいなあ

刺激ほしてる?NO

ゆっくり行こう
ゆったり行こう

5.07.2013

希望という名の絶望~自虐の詩~

【自虐の詩ー比較編】

どうしても比較してしまう

「劣っている、優れている」

目で見て比較
耳で聞き比較
優位性がなぜ必要なんだろう?

「隣の芝生は青い」
羨ましい・・・それは自分に無いから

なぜ?羨む
なぜ?比較する必要がある?

ハッ(゚o゚;

以前の興味は「モノやMoney」だった
興味の対象が変わっただけ(-。-)y-゚゚゚

今現状でラクはラク
もっとラクになりたい(゚o゚;
なりたい☞憧れや欲だああああああ

そこにも比較の心理があったか!!!!!!!!

考えるから次々とうまれる
なろうとするからうまれる

もう良いじゃん!散々比較し比較され区別され区別し世間を見てきたんだからさあ~

もう良いじゃん・・・・疲れたろぅ
そんな自分に、ウンザリしたんだろう???まだ希望持って生きてるの???

希望という名の絶望
散々苦しんだだろう?

もう良いじゃん・・・全て諦め忘れノンビリ行こうぜ~

誰に強制された訳でもナインだし
ノンビリ行こっ

焦ってもしかたないだろ~
(-。-)y-゚゚゚

http://scrapheavn55.jimdo.com/

自虐の詩

自分を生きよう

by:yoga鹿子age.34

自己啓発~自虐の詩~

今まで散々行動し続け、苦悩の連続(>o<)
自己啓発を繰り返してきた
本を読みあさり現実とのギャップに四苦八苦
他人を羨む・・・
そんな生活から抜け出す為に
ガンガン行動的に生きてきた(≧Д≦)
なぜ?なぜ?を問い続けてきた
動いても動いても不安がつきまとい不満ばかり
そんな人生に疲れ動くのを止めた
あれから半年
今は不安も不満もない
幸せは外に世間にあるのではなく、心の奥にあったということ
幼少期の孤独心、私はこれから逃れるために行動的だったということ淋しさを隠すために行動的だったということ
出かけなくても、モノを得なくても、こうして静かに生きていられる


人間の詩HP